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昭和22年創刊、この5月に800号を迎えたニッタクニュースのバックナンバーから編集部がピックアップしてお届けするページです。
※ここに紹介の記事は、原文を一部抜粋、編集しています。敬称略
著者:藤井基男(卓球史研究家)
1956年世界選手権東京大会混合複3位。引退後は、日本卓球協会専務理事を務めるなど、卓球界に大きく貢献。また、卓球ジャーナリストとして、多くの著書を執筆し、世に送り出した。特に卓球史について造詣が深かった。ニッタクニュースにおいて「夜明けのコーヒー」「この人のこの言葉」(共著)を連載。
本コーナーは藤井氏から「横浜の世界選手権に向けて、過去の世界選手権をもう一度書き直したい」と本誌編集部に企画の依頼をいただいた。執筆・発行の14日後、2009年4月24日逝去
QアンドAとエピソードでつづる世界選手権おもしろ史
第1回大会1926(大正15)年12月6~12日ロンドン(英国)
Q 大会最終日に「ヨーロッパ選手権」を「世界選手権」と名称変更したのは、なぜ?
A インドも参加したから名称も変えた
――大会は「ヨーロッパ卓球選手権大会」という名称でスタートしたわけでしょう。
……そう。大会を盛り上げるために、大会前夜に新聞記者等を招いてパーティーを行った。そのせいもあってか、大会の取材に有名な『タイムズ』をはじめ『デイリー・メイル』『イブニング・ニューズ』などの記者が駆けつけ、それぞれ記事を書いている。タイムズは、初日から最終日まで「ヨーロッパ卓球選手権大会」または「国際卓球マッチ」と書いている。
――参加はたった6チーム?
……競技にはヨーロッパからイングランド、ウェールズ、ハンガリー。チェコスロバキア、オーストリア、ドイツが参加。競技終了後の会議にはデンマークとスウェーデンも出席している。イングランド、ウェールズは英国に属するが、別々の卓球協会をもち、別々に参加している。それは今も続いている。
――なぜ名称を変えたの?
……実は、もう1チームの出場があった。当時インドは英国の植民地で、インドからロンドンに大勢の留学生が集まっていた。その中には、卓球の上手な人たちがいた。大会主催者は、彼らにも参加を呼びかけた。イングランド代表の一員として参加してほしい、というのが主催者側の希望であったが、インドの人びとは「インド」として出場することを主張。これが受け入れられて、競技はインドを含む7チームによるリーグ戦で男子団体を行うことになった。
最終日の会議で、アジアからインドが参加していることもあり、「世界卓球選手権大会」と名称を変更しようということになった。