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2023.08.22

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「同じスポーツを愛する気持ちがあると、すぐ親しくなれますね」日本の肖像 荒巻健二(2012年1月号から)

ニッタクニュースの人気コーナー「日本の肖像」から編集部がピックアップしてお届けします。

日本の肖像とは、各界でご活躍されている卓球人にご登場いただき、卓球を通じて学んだこと、その経験を生かした成功への道を語っていただくコーナーです。

第17回は2012年1月号より、荒巻健二さんです。

※所属・年齢・事実は掲載当時のまま

 

文■細谷正勝

写真■安部俊太郎

 

東京大学大学院総合文化研究科教授

荒巻 健二

 

必ずラケットを持参

今回は一橋大卓球部OBで、現在東京大学大学院総合文化研究科教授の荒巻健二さんをお迎えして、お話を伺った。

「同じスポーツを愛する気持ちがあると、民族でも国境でも簡単に越えて、すぐ親しくなれますね」

1952年1月17日、東京生まれ。幼い頃、教員をしていた両親に連れられて、近所の卓球場を訪ねた。一番夢中になったのが立川高時代。当時は中国式卓球が全盛で、元世界チャンピオンの荘則棟にあこがれ、技術本にくぎ付けになった。

「卓球雑誌を夢中で読んだが、実物は見られない。クラスメイトからは、授業中は卓球雑誌を見ているか、寝ているかだといわれました」

卒業後は一橋大(社会学部)へ進んだ。卓球もやったが、将来何をやったらいいのか迷いが。そこでもう1回やり直そうと、さらに法学部に2年間。「条文と常識をもとに考えていく法律は取っ付きやすかった。将来は役所で公的な仕事をやる」ことを決めた。

「大蔵省(現財務省)に約30年勤務しました。海外を含め約20ヵ所の部署を動きましたが必ずラケットを持参しました。仕事でどんなに厳しくても、気分転換ができました。海外でもあっという間に仲良くなりました」

オックスフオード大学大学院(経済学専攻)に2年間留学、主税局、IMFへ派遣、証券局、ニューヨーク、国際金融局等々。省内卓球でも現役時代は無敗と活躍。経済企画庁時代は個人優勝も経験。学生時代より勝率が上がったのは、攻撃だけでなくブロツクの重要性に気付き、試合の組立ができるようになったためという。

「留学時代にオランダで開かれた欧州の大学の国際親善大会では前陣速攻のプレースタイルからか″カミカゼケンジ″というあだ名をもらいました。またニューヨークではあこがれていた荘則棟にばったり会って感激しました。いずれもいい思い出です」

 

荘則棟と再会

荒巻さんは1971年の世界選手権名古屋大会に通い詰めた。目的は荘則棟をはじめとする中国卓球の実物をその日で確かめることだった。荘氏が日の前を通り過ぎようとしたとき、ラケットを差し出しサインをもらった。それ以来約20年ぶりの再会だった。マンハッタンのはずれの雑居ビルに、いつも練習している卓球場があり、そこで開かれた大会で出会った。少し肉付きが良くなっていたが、すぐに見分けがつき、感激だったという。

「人生は何が起こるかわからない。他律的な部分がある。先生になったのもそうした要素が多かったですね」

円借款などの仕事をしていた97年1月、上司から呼ばれて長崎大への出向を命じられた。教育者の家族に育ったとは言え自分では教師の道を選ばず役所に進んだのだが、巡り合わせで教師を経験することに。長崎大の前任者は、国公立大大会デビュー戦の相手だったというオチも付いている。そこでの2年間で教育研究の楽しさを知り、出向を終えた後、経済企画庁等で行政に従事していたが、今度は京大に通いで教えることになり、そこで学位を得たりしているうちに、声がかかり、現在所属する東大で教えることになった。

「私のような他大学出身が東大で教えるというのは、多くはないかもしれませんが、それほど珍しいことではないのですよ。目の前の仕事に全身全霊を尽くすということはどこでも基本だと思いますが、そうした中で、本を書いたり、次第に自分の分野を作っていったことが目に留まったのでしょうか」

 

外へ出ることが大切

今は学生が、こちらから与える刺激に反応して次第に成長していくのを感じる時がとてもうれしいという。学生たちには″外へ出なさい″と常に言っている。人間は外部との相互作用の中で形成されていくというのが持論。そうした「場の力」を生かすためには、より厳しい環境の中に出ていくことが大切。最近、外国の人に「日本人の心の中にはfire in the belly(燃えたぎるもの)がなくなった」といわれ、危機感を覚えるところがあった。

「なでしこジャパンはギリギリのところでわずかに上回って、世界の頂点に立った。スポーツでも経済活動や学問でも小さな積み重ねと紙一重のところの頑張りがものを言うのです」

なでしこの優勝は、今後の彼女らに重くのしかかって来るであろうことを心配している。

「今までのことは忘れて、一から出直そうと口ではいっても、なかなかそうはいかない」

東大に入ってきたばかりの学生も、本当はゼロから始めないといけないのだが、入学したことで安心して燃えたぎるものを失ってしまっているケースも多い。

それでも「負担をかけてもはね返してくる学生がいるので楽しみ。教育はエンドレスです」という。

「日本の卓球はよくここまで追いついてきたなという感じです。各世代に有力選手がいます。これが継続的に育ってくればますます楽しみです。石川佳純選手の勝負師としてのクールさが魅力的です。更に粘り強さとパワーが増せばと期待しています」

しばらく卓球から離れていたが、最近また打ちたい気持ちが戻ってきている。

「今だったら中国式の卓球は、目指さないでしょうね。日本的な卓球に工夫を加えることになるでしょう。60年代の中国の卓球を映像で見てみたいですね。当時私たちが目指したものと、現実の差を検証したい」と楽しそうに話した。