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ニッタクニュースの人気コーナー「日本の肖像」から編集部がピックアップしてお届けします。
日本の肖像とは、各界でご活躍されている卓球人にご登場いただき、卓球を通じて学んだこと、その経験を生かした成功への道を語っていただくコーナーです。
第13回は2012年12月号より、緒方雄介さんです。
※所属・年齢・事実は掲載当時のまま
文■細谷正勝
写真■安部俊太郎
相鉄ローゼン株式会社 常務執行役員
緒方 雄介
今月は相鉄ローゼン(株)常務執行役員で浦安市卓球連盟理事長の緒方雄介氏をゲストにお迎えした。京都大学卓球部OBで中学から始めた卓球は今でも続けている。途中で何度も中断があったが「いくらやっても飽きるということはありません」という緒方氏にお話を聞いた。
卓球は兄がキッカケ。独り卓球・前陣速攻自滅型
明るくて饒舌な人だ。こちらが質問を始める前に微笑みながら話し出した。
「こんな私の前でも記事になるんですか」
とにかく卓球のことが好きで好きでたまらないといった感じだ。
昭和22年8月24日、熊本県生まれ。父親が銀行マンで小倉、長崎、熊本、また小倉と転々とした。
卓球との出会いは小学生のときに兄に連れられて行った卓球場。おもしろいな、と思った。
卓球部は長崎大学学芸学部附属中学からだが中3で転校、転入先に卓球部がなく中断した。小倉高で卓球に専念したところ成績が急降下。担任の先生が卓球部長だったこともあって心配され、1年の9月でまた断念。
1年浪人して京大法学部へ。当時の京大は関西学生リーグ2部で結構強かった。部員は女子も含めて50人程。
卓球のタイプは「前陣速攻自滅型」で、どんな展開でも3球目攻撃にかけた。
「独り相撲ならぬ独り卓球でした。でもつぼにはまったときは相手のエースを破ったこともあります」
ペンの単板裏ソフトのラケットを使用。3年の夏からレギュラーに起用され、4年の全国国公立大学では団体3位に。
丸紅卓球部に入部するも。ニューヨーク駐在で一時中断
昭和46年に丸紅入社。同期は319人で東北大の主将や1年上には中大の主将も。その後も経験者が続々と入社。同年、東京都卓球連盟リーグ戦(当時)に参加し、6部から1年に2部ずつ昇格し、昭和49年には実業団の予選も通過した。本戦の入場行進では当時の超一流メンバーに囲まれ、「場違いな感じだったが、誇らしかった」
緒方氏は1回戦に出場し勝利したが、チームは負けた。「極度に上がってしまってスコアは覚えていません。でもうれしかったことは覚えています」
ニューヨークには2回計9年間駐在、その間も卓球を中断している。「まだ卓球を飽きるほどやっていません。これからも飽きることはないでしょうね」
これまでやりつくせなかった分、卓球が新鮮に映るのだろう。平成14年(株)マルエツに移籍、その後現在の会社で予算や経営計画策定の仕事に携わっている。現在の籍は丸紅で卓球部の監督も務める。
「卓球をやっていて良かった点は人の輪が広がることですね。自分の子どもより年下の子と遠征したり、他のチームの方々とも輪が広がる。監督といってもついていくだけだし、理事長といっても打ち上げの会場予約や調整専門です」
京大卓球部のOB会関東支部長兼本部副会長も引き受けている。
地元・入船卓球クラブに所属!浦安市卓球連盟理事長に
ニューヨークから戻った昭和62年に地元の「入船卓球クラブ」に入った。
平成23年4月からは浦安市卓球連盟理事長になった。理事長を引き受けたのは他大学の先輩に頼まれたから。「誰かがやらなければならないので」
11月23日には「第17回浦安オープン」が開催される。
「市卓球連盟主催の大会が多いので、できる限り土・日は顔を出しています。それで見ているだけではつまらないので出場するようにしています」
最近の卓球界については「日本が強くなったのは愛ちゃんの功績が大きい。エリートアカデミーなどの組織が確立され、本気で取り組んでいるおかげで、若い人が育っているのはうれしいですね。それとは別に実業団チームが減っているようなのは寂しいですね」
今後の夢は「会社を辞めたらキチっと練習してベテラン大会にも出てみたい。2年前に公認審判員資格を取得したので、やるからには国際公認審判員の資格も取ってみたい。なんだかすべて卓球がらみのことになってしまいましたね」と苦笑いした。